高速道路の歴史を語ろう

1R7742019/09/20(金) 14:26:19.33ID:ErtqLnaT
ついに供用延長も約12000km、1987年四全総で掲げられた目標の9割近くに達して一つの時代の終わりを迎えつつある高速道路(高規格幹線道路)開発。
初期の高速道路といえば大都市間を繋ぐものだったのが、どこの田舎へ行っても見るもの、地域生活にも欠かせない存在になった。
高速道路黎明期から今、そして未来を語ろう。

2R7742019/09/20(金) 14:39:14.78ID:fyUJkXtn
黎明期 1962年〜1982年
大都市間もまだまだ途切れ途切れ。北海道や九州など各地方は重要拠点間で開通。しかし大部分の地方は延々と下道を走る必要があった。

普及期 1983年〜1995年頃
大都市間は完全に自動車専用道路のみで行き来できるように。
しかし非太平洋ベルトや山陽地方は県庁所在地へも国道利用が必要なほどネットワークは分断されていた。

発展期 1995年頃〜
山陽道や上信越道、磐越道といった物流上も重要なルートが全通し本格的なリダンダンシーを備えた道路網時代に突入。新規路線開発は工業地域以外への郡部に切り替わった。


思えば90年代初期までは高速一本で連絡できる県庁所在地の組み合わせがかなり限られていたな。
特に山陽道の全通は時代を考えても10年は遅かったのでは。
1992年〜1997年頃のわずか5年の発展が凄まじい。バブル崩壊まで中央から広島市や長野市へのルートは大回りが必要だったとは今では考えられないな。

3R7742019/09/20(金) 18:14:37.62ID:FotU1Kw+
山陽道は、神戸〜姫路が最後まで途切れたが
姫路以西はなんとか90年代前半に整備が進んだぬ

4R7742019/09/21(土) 01:53:38.73ID:COJaBMJC
藤岡から佐久まで高速で碓氷越え・東信入りできるようになったの
播但道経由で姫路以西、山口まで山陽道に行けるようになったの

これどっちも1993年

5R7742019/09/21(土) 02:06:12.35ID:COJaBMJC
1983年3月24日 : 中国道、千代田IC - 鹿野IC開通し全線開通
1992年6月25日 : 山陽道、岩国IC - 熊毛ICが開通し広島JCT-山口JCT間全通
1992年11月15日 : 最後まで暫定2車線だった広島北JCT - 戸河内ICの4車線化完了し、中国道全線4車線化完了

中国道広島山口間の賞味期限は実質わずか9年。短すぎ。
現在、既に新名神初期開通から11年、新東名初期開通から7年経過してるのにそれがもう使われなくなると考えるとあまりにも短い。

しかも賞味期限切れた直後に4車線化完了。
バブルのリゾート開発に似たものを感じる。この時代って技術進歩が早いから、わずか数年での陳腐化が凄まじい。

新着レスの表示
レスを投稿する