造らせる個性 東京芸術大学【最高権威】

1造らせる個性 東京芸術大学【最高権威】2019/04/29(月) 20:59:17.87
造らせる個性 東京芸術大学【最高権威】

 読んで字のごとしである。我が国の代表としての顔持った美術大学は
 東京芸術大であることには疑いはない。
 だれもが東京芸大といえば最難関、入るのが難しい国立、実質東大
 と言った言葉を耳にするだろう。だがその中身は実際には美術的な要素、
 絵描き要素としての成功とはかけ離れた徒弟制度の量産型の仕組みにあることが
 知識人の中でまことしやかに囁かれていた。
 この考察ではこれまで東大大学院の荒木、論文中東京芸大卒の江頭(予備校教
 師)やすいどーばたと呼ばれる美術同好会と受験産業化した背景を追うものとする

2作者不詳2019/04/29(月) 21:10:30.03
結論から入れば東京芸術大学は天才芸術家の模造品、イミテーションを
大量に生産することを目標とした受験産業利権である。これはすでに荒木の
論文で既に結論は出ていることだが彼らは美術の目的から藝大日本画に合格したい
ということに目標のすり替えが行われていることにおぼろげながらに気づいている
ということだ。つまり、絵描きになって成功する、のではなく東京芸大卒になれば
何を描いても恐らく世間はついてくる、といったものである。無論なんでも、という
わけではなかった。それは素人が真似するには相当苦しい、無理、と思わせるもの
でなければならなかった。
 歴代の最難関とされる藝大日本画ではそれらの作品群の比較は容易だ。彼らは作画
時間が12時間や11時間であり、長距離マラソン以上の精神的な消耗を必要とする
作品競争を勝ち抜く必要があり、その仕上がった作品レベルは他の学科を軽く凌駕
している。しかしそれらの中で選りすぐりの25点を選び毎年25人の合格を出すという
ことがどういう意味なのかを深く考えていたものはそうはいない。
 意味合いとしては単純だ、彼ら男女は人為的に天才的な芸術家もどきになる素質を
持った郡、という意味合いになるのだ。芸術家もどき ではないのである。 天才もどき
なのである。人造的な天才芸術家を受験産業によって、競争を煽ることで作ろうと
するとどうなるか、という試みがすでに教育や少なくとも表現の最端を芸術、として
表現する場ではすでに崩壊しているのではないか、それはあくまでも受験偏差値を
美術の腕前に置き換えただけで本質的には偽物、まるで天然大理石に限りなく近づけようとする
人造大理石と同じなのではないか、ということにじっさいに人造芸術家、として
受験産業に育てられて権威ある藝大卒としてこの国で作品を造っている者たちに
気が付かせるという契機になってしまったのはなんとも皮肉としか言いようがなかった。
藝大の歪みを指摘したのが東大のいち研究室だったからだ。
 

3作者不詳2019/04/29(月) 21:24:22.11
 藝大のやっていることはそのまますいどーばた、河合塾のやっていることと
同義である。これらは鶏が先か卵が先かの問題だ。大量の受験生や浪人の上澄みが
偏差値上の上位数%であるのなら、かれら一握りを権威化、神格化し、ブランド化
して固めてしまえば東京藝術大学の名前だけが先行し人歩きすることになる。
それならば大学院など簡単なテストで合法的に取得できる名前でも十分、ということにも
できるだろう。しかし、それらの見かけの学歴と偽りの権威以上にもっと深刻な
課題があった。
 最難関、とされる東京藝大の日本画にまともに入学を試みる者自体が、その
上澄み自体がそもそも芸術家の特性とはまったくかけ離れたものでもコスト如何に
よって入学できる、ということである。コネ入学で下手くそを入れさせた、という
こともあり得るが少なくとも芸術的表現において深刻な問題は、25名中の上位
合格者の作品が必ずしも芸術家として成功する表現には基づいていない、という
ことである。これらは論文の中でも痛く指摘されていることで、例えば油絵で受験生を
絞るのに、一定の傾向のある作品ばかりを合格させたが最後、受験産業の特性で
次年度はそれらを更に少ない時間帯で仕上げてくる文字通りの量産型のような受験生が
大挙して詰めかけ、結局25人として選んでもあまり意味がない自体に陥ったのだ。
落ちたくない、受かりたいがゆえ予備校はその最短の方法を模索する。しかしいざ
それを受け入れる側の東京芸大側としては、たまたま前年度に合格させた集団が
そのまま合格に目がくらんだ量産型など入れても特に意味がなかったのである。あえて
言うのなら、同じ味の料理が当年は25人、また次の年も25人ということで送られて
くることになるのだ。だがこの国では東京芸大に文句を言える存在自体は既にない。

4作者不詳2019/04/29(月) 21:24:51.84
これは美術を高校、予備校、浪人と受験産業化、偏差値を順位、中央値に置き換え
上位数%をエリート人造人間芸術家として煽る教育を行ったことで、収支には叶うが
1枚数十億円という古では天然で発生していた大日本画家の存在といったことからは
大きく遠ざかった。東大荒木、藝大江頭が論文中で話をしていたとおり、基本は
合格者の模造品であると、模造品の模造品を毎年毎年繰り返す行為になるから、だんだんと
似通った人材だらけになる、偏ってくる、本来の芸術家を造って国家に貢献する、
という目的からはどんどん離れていくのでは、しかし今この瞬間受験生を椅子に座らせ
教科書の代わりにデッサンや色をやらせる課題を目の当たりにし、その受験料によって
生計をたてる雇われ講師や予備校経営側では知ったことではない、という動かしがたい
現実となっていたのである。絵描いて高学歴になれる、受験者が大挙して詰めかけるには
それだけの需要があるからであり、だからこそ偏差値ビジネスは成り立つのと同じで
藝大の場合は課題の旨さによる順位ビジネスである。すいどーばたが、河合塾が
お前は1番!お前はドベ!と言われれば実質それが序列であり、東京芸大はローマ法王の
如く泰然としてさえいればそれで十分だからだ。

5作者不詳2019/04/29(月) 21:32:56.73
しかし、大きく忘れていることがあった。
天然の芸術家と人造の芸術家の違いである。
 我が国には伊藤若冲を始め古の芸術家として、その価値が計り知れないものがあることは
知っているものもいるだろう。宮内庁に寄進されたりアメリカの金持ちに渡った若冲の
作品は1枚が50億を超えるというアジア圏でもかなり希少な存在だ。近年では中国の
金持ちが中国人の画家の作品を1枚150億円で買ったりとし、徐々にその凄さは
陰りが見えるがそれでも国内で1枚あたりで50億円というプレイヤーはそうそういるものではない。
丸山応挙を始め、日本人が作る日本画というのは達人やそれ以上の存在になるとそれだけ
の価値が認められるものだったが、彼らについてはその成り立ちは人為的とはいえ
現在の受験産業型ではなく徒弟制度、素人の趣味から発生した、限りなく天然に近い
大理石のような存在であったことが興味深いからだ。つまり、ヒットして成功するとか
絵描きのいい大学なら成功する、といったモデルケースがいまいちこのアジア圏における
日本画的なジャンルで置きづらかったのである。
 海外ではキリコが入学したウイーン美大なる国立か王立の美術大学から著名の芸術家は
確かに誕生して入るが、海外の成功モデルと国内の成功モデルの違いがここに顕著に
現れていると言えるだろう。受ける作品としての成功なのか、受験モデルのお手本としての
成功なのかの違いである。それは基礎ありきか完全に荒野から拾ってくるかだ。
つまり、後者であれば教育産業の出番など皆無だ。受験産業や予備校が潰れるということは
大学が石器時代に戻った如くレジャーランドする危険もある。しかし、ことこの日本
という国家の成功モデルと受験産業としての乖離、ギャップは近年の中国の台頭において
無視できぬ、そしてのっぴきならぬ問題となってきているのである。

6作者不詳2019/04/29(月) 21:44:06.15
結論から言ってしまえば、日本の絵描きとして成功要素は東京芸術大では
マイナスである。これは人造芸術家の一人としての村上隆が証明した。彼は
受験デッサンを予備校でもトップを前後する成績で書き続け何年か浪人して合格し
教授になるつもりで作品を提出していたが結局教授の目に叶わず放逐、日本画を
捨てたキモオタク分野でヒットしそれで貯めた金であまりセンスのよくない日本画
もどきを作り続ける絵描きのはしくれになった。彼は資産家になることは確かに
成功したが、それは堀江のいうところの東大のネームバリューのごとく藝大の
ネームバリューがあった、ということではない。彼は確かに絵描きの基礎のカリキュラム
であるデッサンや絵の具等の基本的課題では上位数%に入るという上積みはやっていた
のである。しかしその後1枚何十億円になれる日本画家への階段はその東京芸術大の中には
なかったのだ。勝手に探せと言われる、あくまで石を拾ってきただけ、25個、ひょっとして
全部ただの石、ゴミかもしれない、と旧東京藝大学長平山郁夫が言った言葉通り、
彼らは非常によく訓練された絵描きソルジャーなのである。ソルジャーだから他の
受験生を斬り殺す要領で順位を上げて文字通り勝ち取ったポジションが1号から
25号までの大学の椅子なのである。言うなれば人造芸術家1号から25号といったところだ。
彼らは確かにその辺の絵描きとして生計をたてている画家よりはデッサン能力も
着色能力もはるかに凌駕している。論文でも述べられていたとおりだ、水曜会とよばれる
後のすいどーばた予備校では東京芸術大を予備校との癒着で権威化させると、
それはまず対象の物体が描けないものではまず勝負にならないという土俵化とその
競争の義務化を偏差値順位ビジネスで固定させる、ということである。ベレー帽みたいなの
かぶってる手塚治虫みたいなのはまず入学できない、それは対象をより冷徹に距離感や
歪みの補正を正し、軸からの縮尺を自身の感覚でコントロールしながら正確に構図を
収め可能であれば被写体の光源を調整を取り日光が移ろう中でも自然に見えるように
イミテーションを作り上げるがごとく仕上げろというわけである。

7作者不詳2019/04/29(月) 22:06:39.44
この作品の特徴は
東大荒木の論文中でものべられていたとおりどばた調と呼ばれ、昼光の移ろいに重点を
置いた作柄であった。

 仕上げられた作品のどばた調というのは、はるか昔に岡倉天心が弟子の大観に朦朧体
なるものを勧めたということにも似るが、要するに似たようなのを描けという教育的な
指導なのである。この特定の調子というものが天然大理石にかわる人造大理石、
つまり人造芸術家の型、パターンの一つとして確立した瞬間でもあり、それは同時に
それらが受験産業、少なくとも東京芸術大の日本画を頂点としたモデルケースの完成を
意味した。このどばた調の座巻度はすごく、その作品を目の当たりにした素人は
その石膏デッサンや着色体に文句をつけるどころかこぞって称賛したのだ。人造大理石は
受験産業として、皮肉にもこの国ではこの瞬間にはすでに受け入れられており、それらは
よりどばたもどき、という人造大理石のそのまた模造品である劣化人造大理石のような
いびつな型を更に多く作り出した。遅れて河合調、新美調などどばた調一辺倒であった
人造芸術家の世界には新たな亜種が発生し、絵描きのための教育としての競争から
実際には近親相姦を繰り返して血が濃くなりすぎた吸血鬼の如く人造的な美術もどき
の大量生産がこの場で作り上げられる市場も整ってしまったというわけである。
 現代における日本において、これらバブル期に特に隆盛を誇った受験産業は政治政策の
失敗、構造改悪によって貧困が蔓延、派遣による雇用崩壊と不安による経済停滞、
少子化とAO入試によって受験自体がなりたたない、基礎カリキュラムもできぬ不全体が
ザルに大学を汚染し石器時代のような中身になりつつある斜陽の受験産業においては、
頭が痛い問題でもあった。なぜなら、人造芸術家というのは天然芸術家、つまり若冲の
ような希少性の高い本物になりたくてもなれない、ならば模造品を作ろう、人為的にという
発想から進んでいるためだ。

8作者不詳2019/04/29(月) 22:07:17.82
それは岡倉天心ですらそうだったのだ。天然芸術家は
稀に出てくるだろう、しかしながら明治時代それでは文化的に埋もれるので人造大理石に
近い集団を供給することで、国家の文化を貢献することを誰かがやらねばならなかったのである。
しかし、オリジナルには程遠く、受験産業カリキュラム以外はなにもできない人造芸術家は
プログラムを仕込まねばガラクタであるAIの如く、そこまでの成功への道のりの教育は
大学内では既にない。極めてしまった課題はその先があるものではなく、その状態にまで
人造芸術家の1号から25号までを作り後は権威に堕落した愚民というよりは堕民を
相手にそれまでの基礎を獲得するために作り上げた訓練で利権を守っていればそれで
人生は終わりである。つまり、人造芸術家というのは芸術を表現する存在なのではなく
天然大理石がいない、不足している状態を埋めるためだけの建築資材みたいな存在であり、
それらは本当の芸術的な課題を教育産業で克服することにはなっていないのだ。
 文字通りる造らせていた個性であり、まったくよくできた個性の偽物、非常によくでき
てはいるがどこか不自然であり不安が漂い、いつ崩れるのかわかったものではない人格
もどきみたいなものが人造大理石の如く生み出されているという現実が浮き彫りになる
わけである。

9作者不詳2019/04/29(月) 22:07:31.62
これはコミュニケーション力なるものを付加すればどんな人間でも
社交的に振る舞うことができ、そういう場なら誰でも場の調整の達人に人為的になれる
というような不気味な思い込みにも似る。なぜなら人気者というのはなにもつけなくても
元々好かれる素養や才能才覚があるからであり、それらに極限にニセた文字通りの好かれ者
もどきを人造的に作り出そうとする試みこそコミュニケーション能力を付加させろと
いう狂った煽りであることは、この人為的に生み出されたモンスターに近い東京芸術大の
最難関合格者にも似るものであろう。
 これらが意味することは、我が国の文化産業を支える試みにおける穴である、
天然体と人造体の区別がこれまでは有耶無耶にされていたこと。人造体は表現物、
特に美しさや視覚に影響を与える場面では一定以上進むと課題が頓挫し、偽物はどこまで
いっても偽物であり、オリジナルの表現体には結局及ばない、というより創造性が
足りないこと。文化よりも受験産業の資産と収支を重視しすぎた結果他国の天然体が
台頭する左近、文化的優位が国家における不安材料となりうる危険があること、これらを
通じ、現状の予備校と大学の腐敗と癒着利権が必ずしも国家的利益に叶うかどうかが
疑わしいものが多々存在するということ。人造体がむしろ利権の保持を試みるために、
天然体の誕生を阻害、妨害しようとし、結局は時代遅れの人造体の処分も国家的利益の
ためには処分もやむなしと言う可能性があることを考えなければならないことを我々は
見つめなければならないのだ。

10作者不詳2019/05/03(金) 02:44:02.10
銭湯絵師見習い勝海麻衣 卒制写真持ってないですか?

パクリもと不明はまだたくさんあるので
勝海麻衣卒制の鮮明な画像を持っていたら提供お願いします。

勝海麻衣 パクり検証画像
https://i.imgur.com/Q7Kdq8r.jpg


卒制画像の提供先はこちら
勝海麻衣
https://rosie.5ch.net/test/read.cgi/nanmin/1555924609/

11作者不詳2019/08/27(火) 01:33:26.81
新しい国立専門大学群誕生!その名もHAGE and ASKA
今からこのスレで これ等の大学を 語りにいこうか
【HAGE and ASKA】浜松医科大学vs東京芸術大学vs愛知教育大学vs滋賀医科大学vs鹿屋体育大学
http://matsuri.5ch.net/test/read.cgi/joke/1566800322/

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